百鬼夜行渋谷アタック大作戦2イベントページ

2018年7月21日(土)

​前半15時〜16時半

渋谷区路上(歩き廻る)百鬼夜行

​後半18時〜22

@渋家(しぶはうす)パフォーマンス

ぶじ終了しました!また来年🎵
 
 
渋家1年に1度のゲリラパフォーマンス大作戦。
今年で2年目のアタックします。
渋谷の街を歩きながらパフォーマンスするよ!

路上で大きな絵を描く、街のスケッチ、歌ったり踊ったり
好きな格好をしてプリクラをとりにいったり。
写真を撮ったり、知らない人に話しかけたり。
ただ歩くアタックも。


それぞれが自分のアタックをします。
参加自由です。一緒に歩きましょう。

100人くらいで歩けたら楽しいです。
ゲリラなので予想出来ないことたくさんありますが、
それぞれ身を守って楽しんでください。。

歩いて街で感じた空気を持ち帰り、
18:00から本気パフォーマンスショーが始まります。
渋家(shibuhouse)の地下にて。

花火みたいに打ち上げて消えるアタック。
いまのきもち。感覚のすべて。かもん!



 
出演者
ひらのさりあ
宮澤響
根本美咲
東京ディスティニーランド
よっちゃんYKH
ぬりえ少年団
このよのはる
大谷将生
今井瑞穂
sho
​あかやまゆい
どうめんさきこ
湧水
​辻村マリナ
かもめのジョナサン
ツ白マユウコ
iddi
よっしー

百鬼夜行参加者、湧水による記録

 

 

百鬼夜行渋谷アタック大作戦2

練りあるき

◎結局昨日は終電近くまで渋家で今日の準備をして、上野に帰ってきたら何もせずに寝てしまった。疲れたんだろう。

たくさん汗もかいたし朝風呂にいこうと思っていたけれど、寝坊。起きたら9時をすぎていた。近所の銭湯の朝風呂は9時に閉まる。12時にマークシティ前に行かねばならぬことも思って、風呂は諦めて渋谷へ向かった。

汗臭さをかき消すために香りのよい日焼け止めを全身に塗りたくってから家を出たのだった。

◎渋谷に着いたのは11時過ぎだった。暇つぶしで駅周辺をぐるぐるした。相変わらず渋谷駅の周りは工事工事で、暑いのに暑そうな格好で労動する人たちがたくさんいた。前から思っていたんだけど、あの格好で工事現場で働くのは流石に暑すぎるんじゃないか。安全性やらなんやらの理由はあるんだろうけど、もう少し薄着が許されてもよくないか。ヘルメットにベルトに、色々安全性を高めるための装備はしていることだし。それとも、暑いだけで心身ともにやられるわたしが弱すぎるのだろうか。そんなことを考える。

◎ぐるぐるぐるぐる歩いた、でも、午前中とはいえ炎天下だ。暑さにやられそうになったのと、手持ち無沙汰解消のためにコンビニでスイカバーを買って食べた。今まで一体どれくらいのアイスをコンビニで買ったのだろう。こんな風に暑い日には毎日コンビニでアイスを買っている気がする。実際、昨日もチョコミントアイスを買って食べた。こんなにアイスばかり食べているから暑さにやられてしまうのだろう。もっと栄養のある、たぶんサンドイッチとかを食べればいいんだろう、と思う。

◎マークシティ前に着くとリサさんと、ぬりえ少年団の少年2人と、背が小さい女の人がいた。リサさん以外は会うのが初めてだったので、自己紹介をしてくれたけれど、実は私は知っていた。ラインのグループから情報を盗んで下調べしていたのだった。

初めて会う人には特に嫌われたくないから出来るだけ下調べをして会うことが多い。

そして、絶対に嫌われない言葉と話し方を想像するのだ。意味のないことかもしれないけれど。

◎アートをやっている人、というか、作品を作っている人の人格は、その作品でもって知ることができる。

だからそうゆう人に会う前には、その人の作品を下調べする。最近は、作品は人格だと思っている。

何を成そうか何を伝えようかと一生懸命に考え抜いた末のものだとしても、完成したそれは結局のところ、

その人の人格の果てにあるもので、人格が原点だということ。

◎猛烈な暑さの中、渋家まで歩いた。ぬりえ少年の2人は無邪気にはしゃぎながら歩いていた。

リサさんが「あれでも25歳なんだよ。とは思えないよね。」と笑って言った。詳しいことは知らないけれど、

リサさんはぬりえ少年のひとりの山中さん?とカップルで、一緒に音楽をやっている。

私はリサさんと同じことを言える未来がほしいと思った。

◎渋家に着いて、昨日の続きの準備をして、面子が揃ってきたところで服を着替えた。

最初、みんなに言われるがままに着替えていたらプリキュアのような格好になってしまったけれど、

なんかミニスカが嫌だったからそれは脱いで、リサさんが作った服にした。

白い布を切って、前面にハート型のカラフルな布が何個も塗ってあるものだった、ちょう可愛い。

◎自己紹介をしあって、円陣を組んだら、いよいよ出発。

「百鬼夜行渋谷アタック大作戦2出発!」とリサさんが叫んだ瞬間、昨日ミスった旗のことが思いだされた。

昨日、私は企画の旗を作ったのだけど、大作戦2の部分を書き忘れてしまったのだった。部屋の角に目をやると、

作りミスったその旗が寂しそうに立たされていた。だから旗持ち係に手を上げて、重い旗を持って渋家を出た。

◎歌いながら歩くのは楽しい。ミュージシャン勢が大声で歌う歌を、誰にも聞こえないくらい小さな声で私も口ずさみながら

歩いた。

道の途中、何度もみつあみ(私は金髪のみつあみのカツラをかぶっていた)を落としてしまって苦労した。

旗が重いから自分で拾えないのだ。

私の後ろを歩く人に拾ってもらって再びみつあみを被り歩き出すのを何度もくりかえした。ごめんなさい、頭が大きいのです。

◎そんなこんなでドンキホーテに着いた。センター街で割る用のスイカを買うためだ。

さっきデパートに寄ってスイカを買おうとしたら高すぎて無理だったから、予定変更、ドンキホーテで買うことにしたのだった。

大きいスイカを買って、センター街にあるマックの前に向かった。到着するとすぐにリサさんが交差点の真ん中にスイカを置いた、スイカをくるんでいた紐を切った。何で割るんだったっけ、棒。スイカ割りの棒は旗の棒にしようと言っていたリサさんを思い出した。そのとき旗を持っていたのは私だった。一瞬のアイコンタクトでスイカ割りの使命を与えられたことを解した私はスイカに向かって思いっきり棒を振り下ろした。命中しているのに割れない。人集りを少しだけ気にしつつ5回ほど命中させたところでスイカは割れた。誰かが笛を吹いて、誰かがタンバリンとスズを鳴らした、感動的な瞬間。円になった観客全員が私の割ったスイカを見ているのを見た。私は割れたスイカを手に取り、頬張った。まだ買ってすぐだったから冷たくて、熱かった身体に染みた。スイカを手

に持ち、私のことを見つめている人の中でコミュ力が高そうな人を選んで、無言でそれを差し出した。3人くらいの人が食べてくれたけれど、中でも「美味いっす」と目を見て言って食べてくれた高校生には、心の中で「同い年だぜ」と言った。

◎スイカを持って公園に向かう途中、旗は私ではない誰かが持っていた。誰だか忘れてしまったけれど上手に振っていた。

ちゃんと文字が見えるように布をたなびかせていた。私の隣を歩いていた誰かがそれを褒めていた。

旗を振ることですら上手い下手があるなんて本当に面倒な世だと思う。

◎公園で水分補給を済まして再出発した。のろのろ歩いていたら一行とはぐれてしまったから、

一緒にはぐれたさりさんと根本さんと3人で喋りながら歩いた。

出逢ったのが去年で、東京文化創造都市計画のほうでも会うことがある2人が居るということは、私にとって嬉しいことだ。

2人は武蔵美を卒業していて大人で、私はただの高校生で子供だけれど、何の隔てもなく喋ってくれるのが私は嬉しい。

きっと大体の人間はそうなんだろうけれど、疑うばかりの私が本当の意味で何の疑いもなしに喋れる人間は少ない。

特に悲観的な思考回路の時には世界中の全員に馬鹿にされている気がしてくる。でもこの2人は平気。

この前、不登校をしていて寂しくなった時、根本さんと吉祥寺デートをしてちょう元気になった。普段から話すわけでもない、

よい距離感なのだろうか。私は本当にしんどい時は親友には頼れなくて、少し遠い距離に居る人に救われる。

でもそれは親密になることから逃げていることなのかもしれないとも思う。

こんな風に全然違うことを考えながら、私はてきとうに相槌を打っていたのだった。何も聞いてなくてすいませんでした。

◎リサさんの同級生が展示をしているというギャラリーで、一行と合流できた。絵をみれないくらい光景が面白かった。

変な格好をした人間がたくさん、格式の高めなギャラリーの中をウロウロしている光景。

街中の雑踏の中を歩いている時には気にも止めなかった格好の可笑しさが見えてきたのだった。

セーラー服を着た成人男性がピンクのうさみみをつけている。疲れきって真顔でうちわをあおぐ姿は完全にオフの状態で、

笑ってしまった。そんな私も白い布を被ったような格好で、被るのを諦めたみつあみを引きずって歩いていたのだけれども。

◎あとは帰るのみ、渋家を目指して歩き出した。荷物持ち係の人たちが居なくなっていたことに気付いたものの、

500パーセントの確率で先に帰ったんだろうと思ったから何も言わなかった。つい2、3時間前に歩いた道を戻りながら、

みんなの疲れを体感していた。行きは元気に歌っていた人も踊っていた人も無言になっていたし、階段を登るのも辛そうだった。

完全にオフの状態、私は隠れてまた笑った。

◎渋家に帰ってきたが、すぐに私は2階のリビングに座り込んで休んでしまったので、他の人たちが何をしていたのかは分からない。でも、きっと他の人たちも休んでいたんだろうと思う。地下の部屋でライブが始まるまでの1時間強、

かろうじて瞼は開いていたものの脳味噌は完全に眠っていたと思う。記憶がない。

 

 

ライブ

◎地下の部屋はちょう寿司詰め状態だった。

でもクーラーも効いていたし暑苦しくはなく、快適というか居心地はよかった。

眠かったのか、なぜか出演順をほとんど覚えていないし、申し訳ないですが、見ていないライブもあるので、順序によらず書くことにします。

①東京ディスティニーランドさん

◎やっとのことで扉を開けると誰かが声を張り上げていた。東京ディスティニーランドさんがいた。少しだけ下調べはしていた。

練り歩きをしている最中にブログを読んだのだった。けれど初めてみるそれは衝撃的なものだった。

想像以上にストーリー性と熱のあるひとり芝居。途中からだったため、事象の地平線と桃太郎をみた。まず事象の地平線。

とあるサラリーマンが、道端にいた乞食の但さんがチョークで道に書いた白線をとび越える話だ。

但さん曰くその線は事象の地平線といって、その線を越えることでその線を越える前には戻れなくなることが起きるというのだ。

実際その芝居では、但さんとの会話で腹が立ったサラリーマンが白線を越えるのと同時に但さんを車道に突き飛ばしてしまって、

その但さんが車に轢かれてしまったことで、事象の地平線を超えた。平凡な人間も毎日毎日事象の地平線を超えていて、越える前の自分に戻ることはできないということだった。少し背筋が伸びて、ジンときた。

あと少し涙腺が弱かったら涙が溢れていた。自分にとって大きかった過去の経験が次から次へと思い出されるのと同時に、

今この芝居をみてしまったからみる前の自分には戻れないんだなと思った。

◎次の桃太郎もすごく面白かった。桃太郎がなぜ鬼退治をするのかという在り来たりなテーマなのだが、感動したし面白かった。

桃太郎は自分の肉親を知らないことが悩みで鬼退治でも何でもいいから肉親に自分の存在を知らしめたいと思っていて、一方、お但さんとお婆さんにも息子である桃太郎を理解できない理由があって、衝突してしまう。

これは最終的にはメデタシなのだけれど、もう文章で説明したくないくらい素晴らしかった。とにかく熱がすごいんだ。

みんなに見てほしいと思った。絶対に感動すると思う。来年の文化祭に呼べたらいいと思う、ガチめに。

◎生の芝居を見るのは半年前に映画の現場でバイトしていた時以来だったし、あんなにも凄まじい怒鳴り声を聞くのも久しぶりだった(というか、もしかしたら初めてかもしれない)から、ちょう響いた。やっぱり怒鳴り声は力が強いから奥まで響く。

私は映像がすきで映画をみまくっていた時期があるけれど、生には生特有の凄味があるんだと思う。

生である演劇や舞台には映画とは違う演技の見え方があるということだ。ひとつの肉体が何人もの役を演じるというのも、映画では基本的にはない(あったとしてもカット割りで演劇のそれとは異なるものになる)から、なんだろう、言葉で言えないけど、生は特別なのだ。絶対に生でしか伝えられないものはある。音楽も、生のライブに行くのと記録映像を見るのでは訳が違うわけだし。

②ぬりえ少年団

◎扉を開けるとぬりえ少年団が準備をしていた。うちひとりは99.9%くらい全裸だった。

男の全裸を見るのに慣れてないので、少しびびった。でも、ゆらゆら揺れながら、揺らしながの全裸を見るのに慣れてないので、

少しびびった。でも、ゆらゆら揺れながら、揺らしながら、踊りながら、ひとりは太鼓をたたきながら、気持ちよさそうに音楽を楽しむ彼らの瞳は少年のようで美しくて混ざりたい感じがした。練り歩きの時にも歌っていたジンギスカンの歌を歌っていて、少し覚えていたから音に合わせて身体を揺らしていた。とても気持ちよかった。最後には、全裸でのことなんて忘れて音楽をきいていた。演奏がやんで我に返って再び全裸に気づいた時、改めて、少しびびった。

③辻村マリナさん

◎辻村さんの歌声は透き通っていて歌詞がスッと入ってきた。その装いでアジアンチックな雰囲気だと思っていたら、やはりアジアを旅しているらしかった。人は見た目じゃないと言う人はたくさん居て、多分それは内面で人間をはかれという意味なんだろうけれど、結局のところ外見は内面からできるじゃん、という考えが浮かんだ。でも後から考えてみると、それは何の根拠もない考えな気がする。ひとつ、見つけると、それは全てに当てはまるように感じてしまうものね。

◎ライブ会場は薄暗いオレンジの照明で照らされていて、それがなんとも言えないグッドな雰囲気を生んでいた。特に辻村さんのしんみりとした音楽にはピッタリで、その感動を増し増しにしていたと思う。下を向いて目を瞑って聴いている人が多かったと思う。私もそうだったし。終わって、拍手が止んでも、私の心はしんみりとしていた。

④カモメのジョナサン

◎白塗りメイクで全身赤の服を着ているのはカモメのジョナサンさんだ、知っている。3ヶ月くらい前に一瞬だけ会ったことがあるのだ。私は覚えているけれど多分相手は覚えていないだろうな、という程度の一瞬だった。カモメのジョナサン、といえば、カモメのジョナサンという小説を途中まで読んだことがある。学校をサボってイオンに行っていた時に、ビレバンの端っこで座って読んだ。(平日の茨城の田舎のイオンのビレバンなんて、店員ひとりで客は来なくて、気兼ねなく座って本が読めちゃうのだ。)多分中2の時だった、その当時は、普通が何なのかを真剣に考えすぎて苦悩していたから、途中までしか読んでないけれど鮮明に覚えている部分がある。(本の説明になりそうだ、、、本の話おわり!)彼はカモメ語?で自己紹介をして、演奏を始めた。私は宮澤くんからパスされたカメラで映像を撮りながらみていた。

◎結論からいうと、プロだと思った。私はプロをプロと認めることが許されるほど高いところに居る人間ではない、あくまでも印象の話だけれど。第一に普通にギターがうまいし、第二に歌詞が素晴らしい。ルーパーを多用する彼の演奏は整っていた。芸術の感想をいうのに、この上なく向いてない表現だけれど敢えていえば、偏差値が高い感じがした。やばぁって唖然としちゃう感じ。ん、でも少しちがうかも、全然伝わらないな、、(感動しました。)

◎そんな、プロのミュージシャンは、曲だけでなくパフォーマンスにおいてもプロだと思った。仮に私が一般的な16歳オンナだとすると(一般的がよくわからないけれど)目のやり場に困る系のものだったんだと思う。いわゆる大人のおもちゃを客に渡して彼は平然と演奏をする。(なぜか客はそれをペンライトのように振る。)はたから見ればカオスな光景だったんだろうが、そこに対しての衝撃はなかった。私は落ち着いて音楽をきいていた。映像を撮っていたのもあるのかもしれない。色々あって、オンナにバナナをオトコにはコンドームを配りまくり、彼のパフォーマンスは終わった。これは正真正銘、プロだろう。

⑤このよのはる

◎このよのはるは練り歩きの時から楽しみにしていた。2人の歌声を聴いてもっと聴きたいと思ったし、このよのはるの曲を知りたいと思ったからだ。下調べでこのよのはるがリサさんひとりの活動になったという記録を見たのを気にかけていたので、このよのはるの出番で2人が出てきた時は本当に嬉しかった。

◎リサさんのギターと中山さんの太鼓の響く世界は、日本とか東京とか渋谷、ではないどこかだった。大袈裟ではなく確実に、私はそのどこかへ連れていかれた。リサさんと中山さんは手作りの白い布の衣装を着ていた。私は着替えるタイミングを失くして練り歩きの時に着ていた白い布の衣装を、まだ着ていた。だから、装いが同じ感じである2人と一緒に、ここではないどこかへ飛んだ気分になった。そうゆうことはあるんだよ。

◎ちょう感動した。それは綴りようがなくて、こうしてヘタクソな言葉を並べたって、2%も伝わらないけれど、書く。

◎2人の歌は届く歌だった。何をみても何をしても溶けないような心にも届く、というより、そんな心にこそ届く歌だな。そう思った。メロディーが綺麗とか言葉のチョイスが天才的だとか、そうゆうことではない。もちろんメロディーにも歌詞にも届くものはあったけれど、2人の世界、あの空間に流れるあの時間がすごかったのだ。あれは音楽を越えていた。音楽を越えて音楽だった。あれはもう、あれとしか表現できないけれど、あれなのだ。あれはあれを聞いて見て触れて感じて飲み込んだ者にしか分からないのだから、あれは。

◎走りまわりながらギターを弾くリサさんと、バケツ(バケツを太鼓にしていた)をぶち壊す勢いで叩きまくる中山さん。両方とも有りったけのパワーで演奏をしていてお互いの様子なんて見えそうにもないのに、2人の演奏はちょう合っていた。以心伝心とは正にこのことを言うのか、と思った。感動の一因に、距離が近かったというのもあるのだろう。熱気が来た。熱気というのは吐く息とか汗とか蒸気とか、この手で実際に触れることのできる現実のものだ。3メートルもなかったのだから当たり前かもしれないが、それが来た。私はあんなにも、肌、で音楽を聴くのは初めてのことだった。

 

 

◎アンコールもあったけれど、このよのはるのライブは一瞬だった。一瞬というか永遠というか、不可思議な時間軸の世界に連れていかれた感じだった。でも、気づけばそこは、やっぱり渋谷で東京で日本だった。小さな淋しさが残った。次はお金を払って、お花とお菓子を持って、ライブに行きたいと思う。